スーパーに行く時に、どうしても家の外に出るのが怖くて何の教養もないようなふざけてるラジオを大音量で聞きながら扉を開けた数年前の記憶がふと蘇って、なんとも言えない切ないような気持ちになった。
例のブログの子が何ヶ月かぶりくらいにSOSを出していた、と僕が妄想するような内容を書いた。要は生きるのが、社会生活を送るのが自分にはうまくやれないしつらいと。何ができる訳でもないけど、その気持ちは分かるし、俺は味方だと伝えようと思った。どう書こうと思っている間に、文章も読んでないようなコメントがいくつかついて、それに「ありがとう」って。前みたいにスルーじゃないな。だから僕は書く必要はないなと思った。僕がいなくてもいいことにすねた部分もある。確かエジソンだったかな、「やり過ぎた時は誰かがブレーキをかけてくれるんだから自らブレーキを踏む必要はない」みたいな言葉がたまたま少し前に頭に浮かんでたけど、それをさっと後ろに隠した。
俺はこのブログを見ている何時かのどこかにいるもう一人の自分(のような精神性の人間)に秘密で裏で人間関係を作ったり女に手を出したりはしないから、だから書いておかないといけないことがあって、本当は書くテンションじゃないけど凛として時雨を大音量で聞きながら今文字を打っている。
音声通話以外相手にしないってプロフィールみたいなとこに書いてスカイプを立ち上げてるけど、ネットラジオをやってた時に知り合いになったKさんから着信をもらった。Kさんは同年代の社会的弱者系の男性。確か数カ月前にスカイプチャットで話をしたからそれもここに書いたような。その人から着信があった。
焦って混乱していたから、開口一番でタメ口をきいてしまって、途中で切り替えるのもうまくできなくて、半端なタメ口をずっときいていた。僕は言いたいことがないしあっても言えないから、実際に眠かったのもあったけど、本来よりもさらに眠いからしょうがないんだというやりがちな逃げの思考で逃げて、「うん・・・うん・・・」とずっと言っていた。こう言おうとか、こう言った方がいいんじゃないかとか思う瞬間はいくつもあったけど、やっぱりダメだった。言い方が分からなかったり、分かってても胸につかえて出てこなかった。ネット外と同じだね・・・。
ネットラジオとか、そういうネット上の会話とかの機会を増やして、せめてどう言っていいか分からないから言えないのは少しは減らせたらと思う。でも先日か先々日くらいにも着信合ったけどとても誰かと話ができるような
僕は本当に人に積極的に行かない人間だから、異性でもないのにそうやって訳の分からない僕みたいなのによく関わろうと思うなと思った。会社にもそういう人懐っこい?、人のことが好きっぽい人がいてすごいなとよく思っている。
続き思いつかないし、なんかオチつけようとかうまいことまとめようと思っても無理だったのでこのまま上げます。
2012年05月07日
2012年05月02日
no-title
そんな俺でも人とのつながりには餓えていて、飲み会つらいし惨めだけど、少し、少しだけ帰属意識みたいな気持ちもあって、それが余計に惨めさを誘う。本当に心から嫌だったと言えない。でも言いたいことないし、あっても言葉が胸でつかえるから何も言えない。本当に本当にしゃべれない。本当の人格を出せずに本当の言葉を言えずにニタニタしてやり過ごそうとした三時間。他の人は自分を出していって打ち解けてく。僕はうわべすら繕えずいつまでもひとりだ。ブログでも1%も本当の言葉を書けてない。どこにいても誰と居てもひとりだ。死にたい。消えたいかな?。こういうこと、書かずにはいられないのが惨め。誰にも愛される気がしない。
2012年03月22日
戯言
iPod touchなのですが、実質通話できないだけのiPhoneなのでこれからはこのブログではiPhoneと書いていきます。脳内でももうiPhoneと言ってます。いろいろ調べる場合もiPhoneで検索する方が情報出るし。
iPhoneのネットラジオ放送アプリが実用に耐えうるっぽいのでiPhoneで放送していくことにしました。テスト放送時は何年ぶりか思い出せなかったけど、放送やってた時の掲示板を探して見てみたら3年ぶりでした。
前にやっていた時はうまくしゃべれないことや、ブログよりも内容を言ってしまったりしてそれが憂鬱だったのですが、今回はリスナーとは距離をとってやっていきたいと思います。僕ら(保護されない弱い人達)は離れながら近くに感じていきたい。
僕にとってはブログがすべてのネット活動の中心なので、ネットラジオを聞き逃したら損みたいにはしたくなくて難しい。前は実生活みたく、相手は全然悪くないけど、ちょっと押されたらというか親しい感じで聞かれたら断れ切れなくて仕事関係のこと(何沿線とかどうでもいいようなことだけど)を言っちゃって「ネットでも同じなんかー・・・」とショックでずっと憂鬱で今でも思い出すと憂鬱なので、次は「なんだよー・・・」ってなってもいいから言いたいことしか言わない。
アプリにツイッターに放送のURLとか送る機能があるので、今度は放送時にツイッターに投稿してみます。ここのサイドバーにも表示ありますが、ツイッターのIDは「busujimanobiru」です。
あと、iPhoneのメールからブログを更新しようと思っていろいろいじってたら間違えて送信になっちゃって、一言ネタでブログ更新してしまったみたいになってしまっているの見つけた。送信済みフォルダにもないし、あのメールはどこに行ったんだろう?。最近頭に浮かんでるその言葉をフックにして書いてこうと思ってたら間違えてしまった。文章書くの難しいしiPhoneでの更新は諦めよう。ケータイの方がボタンも押しやすいし変換ソフトも使いやすいなー・・・。
iPhoneのネットラジオ放送アプリが実用に耐えうるっぽいのでiPhoneで放送していくことにしました。テスト放送時は何年ぶりか思い出せなかったけど、放送やってた時の掲示板を探して見てみたら3年ぶりでした。
前にやっていた時はうまくしゃべれないことや、ブログよりも内容を言ってしまったりしてそれが憂鬱だったのですが、今回はリスナーとは距離をとってやっていきたいと思います。僕ら(保護されない弱い人達)は離れながら近くに感じていきたい。
僕にとってはブログがすべてのネット活動の中心なので、ネットラジオを聞き逃したら損みたいにはしたくなくて難しい。前は実生活みたく、相手は全然悪くないけど、ちょっと押されたらというか親しい感じで聞かれたら断れ切れなくて仕事関係のこと(何沿線とかどうでもいいようなことだけど)を言っちゃって「ネットでも同じなんかー・・・」とショックでずっと憂鬱で今でも思い出すと憂鬱なので、次は「なんだよー・・・」ってなってもいいから言いたいことしか言わない。
アプリにツイッターに放送のURLとか送る機能があるので、今度は放送時にツイッターに投稿してみます。ここのサイドバーにも表示ありますが、ツイッターのIDは「busujimanobiru」です。
あと、iPhoneのメールからブログを更新しようと思っていろいろいじってたら間違えて送信になっちゃって、一言ネタでブログ更新してしまったみたいになってしまっているの見つけた。送信済みフォルダにもないし、あのメールはどこに行ったんだろう?。最近頭に浮かんでるその言葉をフックにして書いてこうと思ってたら間違えてしまった。文章書くの難しいしiPhoneでの更新は諦めよう。ケータイの方がボタンも押しやすいし変換ソフトも使いやすいなー・・・。
2012年03月21日
2012年03月19日
戯言
なくなった方がいい生命
2月とかそれくらいにiPod touchを買ってから、そればっかりいじってパソコンをいじらなくなったせいでブログを全然書かなくなったということはもう書いたっけ。何を書いて何を書いてないのか分からない。
孤独に耐えかねて僕はあるアプリに手を出してしまった。メッセージボトル的な要領で知らない誰かにメッセージを送り、知らない誰かからメッセージが来るといったもの。なんか顔写真を載せるのが当然みたいになってて、かわいい子の写真が次から次に流れていく。僕の人生と一生交わりのない人たち。ギャル、AKBみたいな子、かわいい女の子。「誰かからもーー」「関係ない」「返信くださーい(かわいい顔文字)」「関係ない」「年上のSな人メールください」「関係ない」
関係ない関係ない関係ない関係ない
みんな欲しがりすぎだろ・・・。お前ら、こんなん使わんでもいくらでも優しくされてて優しくできるやろうが・・・。さみしい時があるのも分かるけど、少しくらい耐えてくれてもいいんじゃないのか。こっちはどれだけ耐えてきたんと思ってるんだ・・・。
イケメン、美女かわいい子しかいない。後は画像なし。汚いブッサイクで負い目を感じてこのアプリを起動してる奴、画像なしの中に絶対いるはずだ。僕はこういう手紙を出した。「イケメン、かわいい子だらけで気後れしてるブサイク お前は独りじゃない」。
案の定画像なしから返信がいくつも届いた。感謝や共感の反応に「力強く生きていこう」と返し続けた。10件近く。でも、僕が間違っていた。かわいい顔写真の女の子が何人も送ってきた。こいつら・・・。どうせ「そんなことないよ。かわいいよ」って言ってほしいんだろ?「ソンナコトナイヨカワイイヨ」「ソンナコトナイヨカワイイヨ」「ソンナコトナイヨカワイイヨ」・・・。
いや違う。そこは所詮僕だからね、紋切りじゃなくて丁寧に返してしまった。「かわいいんだから、そんなことは言ってはダメだよ」「詐欺?プリが詐欺かどうか僕は見抜けるから絶対かわいい。自信持って」。事実僕は、熾烈を極めたプレステージとの戦いの歴史の末に、修正画像から実際の顔を脳内で復元するスキルを身につけていた。
ある女の子がこんなことを書いてきた。
「かわいい子ばっかりだし、胸強調の画像の子とか多いし」
「あなたも十分かわいいんだから、自身持って。あといい情報ありがとう」
「友達にも胸大きい子多いし」
「(この子貧乳なんだな)実際のとこ胸大きい子はそんなに人気ではないよ」
「私Dカップだけど、友達はFとかGとか普通だし」
(えっ、マジで??)
「毒島さんは何カップのおっぱいが好きなの?」
こういうのがかわいい顔写真を載せた子から何やらかわいい絵文字やらハートやらを駆使して人懐っこい文体で押し寄せてくる。もうどうしようもないだろう・・・。極力感情ないように会話を切るように話を持っていっても相変わらずのノリで送ってきてくれたらどうしようもないだろう・・・。少し感情とかを出してしまった。勃起はしないけど、心は勃起していた。かわいい女の子がハートとか使ったりして、なんかかわいい顔文字とかいっぱい使ってちょっとエッチなこととか、エッチじゃなくてもなんか人懐っこくいろいろ送ってくれたりとか、俺の人生には一生関係ないことなのに、ここにこうして起こっている。それは俺を知らないから。
心が踊りながらも罪悪感に苛まれた。「君が送ってくれてるのはデブでブサイクで顔中脂まみれの友達も彼女もいないナマゴミなんだ。本当にすまない」。
でも返事無視したり邪険な反応でぶっちぎることはできなかった。それは相手への思いやりという名分を見つけた自分の欲望以外の何ものでもなかった。夕方6時くらいから12時過ぎまでずっとメッセージを送り合った。相手のことを聞いて、自分のことを書く。かわいい女の子と楽しく話している。一生関係のない経験。
毒島さんは優しい。毒島さんはすごい。毒島さんは頑張ってる。「嘘だッ!やめろ!」そう心の中で叫んでいた。俺は、マジで、クソだ・・・。
せめて、せめて今日だけで終わりにしないとダメだ。ここが最終防衛ライン。友だち申請をして、これからも続いていってはダメだ。わずかに残った力で遠回しに遠回しに書いてく。「また偶然会ったら話をしようね」。登録をして、いつでも連絡を取り合えるようにはならないという意味。最初からその気はなかったのか、それとも分かってくれたのか。ともかく終わった。最後にもハートと顔文字で飾った文章が届いた。ありがとう。そしてごめん。
頭の中に「なくなった方がいい生命」という言葉が長い間浮かんでいて、それは自分なんだと思っていた。
俺はせめてネットでは誰とも関わらずにここに閉じ込められているべきだった。もう過ちは犯してはいけない。ネットだけの人間関係は作らない。体と心の汚い人間として、対面して人間関係を作る。挙動不審の空気の読めないおかしな人間として付き合っていく。
毒島さんは身勝手で、ダメで、怠け者。そんな毒島さんにハートとかわいい顔文字と人懐っこい内容のお手紙をありがとう。一生関わりのない普通のかわいい女の子。
2月とかそれくらいにiPod touchを買ってから、そればっかりいじってパソコンをいじらなくなったせいでブログを全然書かなくなったということはもう書いたっけ。何を書いて何を書いてないのか分からない。
孤独に耐えかねて僕はあるアプリに手を出してしまった。メッセージボトル的な要領で知らない誰かにメッセージを送り、知らない誰かからメッセージが来るといったもの。なんか顔写真を載せるのが当然みたいになってて、かわいい子の写真が次から次に流れていく。僕の人生と一生交わりのない人たち。ギャル、AKBみたいな子、かわいい女の子。「誰かからもーー」「関係ない」「返信くださーい(かわいい顔文字)」「関係ない」「年上のSな人メールください」「関係ない」
関係ない関係ない関係ない関係ない
みんな欲しがりすぎだろ・・・。お前ら、こんなん使わんでもいくらでも優しくされてて優しくできるやろうが・・・。さみしい時があるのも分かるけど、少しくらい耐えてくれてもいいんじゃないのか。こっちはどれだけ耐えてきたんと思ってるんだ・・・。
イケメン、美女かわいい子しかいない。後は画像なし。汚いブッサイクで負い目を感じてこのアプリを起動してる奴、画像なしの中に絶対いるはずだ。僕はこういう手紙を出した。「イケメン、かわいい子だらけで気後れしてるブサイク お前は独りじゃない」。
案の定画像なしから返信がいくつも届いた。感謝や共感の反応に「力強く生きていこう」と返し続けた。10件近く。でも、僕が間違っていた。かわいい顔写真の女の子が何人も送ってきた。こいつら・・・。どうせ「そんなことないよ。かわいいよ」って言ってほしいんだろ?「ソンナコトナイヨカワイイヨ」「ソンナコトナイヨカワイイヨ」「ソンナコトナイヨカワイイヨ」・・・。
いや違う。そこは所詮僕だからね、紋切りじゃなくて丁寧に返してしまった。「かわいいんだから、そんなことは言ってはダメだよ」「詐欺?プリが詐欺かどうか僕は見抜けるから絶対かわいい。自信持って」。事実僕は、熾烈を極めたプレステージとの戦いの歴史の末に、修正画像から実際の顔を脳内で復元するスキルを身につけていた。
ある女の子がこんなことを書いてきた。
「かわいい子ばっかりだし、胸強調の画像の子とか多いし」
「あなたも十分かわいいんだから、自身持って。あといい情報ありがとう」
「友達にも胸大きい子多いし」
「(この子貧乳なんだな)実際のとこ胸大きい子はそんなに人気ではないよ」
「私Dカップだけど、友達はFとかGとか普通だし」
(えっ、マジで??)
「毒島さんは何カップのおっぱいが好きなの?」
こういうのがかわいい顔写真を載せた子から何やらかわいい絵文字やらハートやらを駆使して人懐っこい文体で押し寄せてくる。もうどうしようもないだろう・・・。極力感情ないように会話を切るように話を持っていっても相変わらずのノリで送ってきてくれたらどうしようもないだろう・・・。少し感情とかを出してしまった。勃起はしないけど、心は勃起していた。かわいい女の子がハートとか使ったりして、なんかかわいい顔文字とかいっぱい使ってちょっとエッチなこととか、エッチじゃなくてもなんか人懐っこくいろいろ送ってくれたりとか、俺の人生には一生関係ないことなのに、ここにこうして起こっている。それは俺を知らないから。
心が踊りながらも罪悪感に苛まれた。「君が送ってくれてるのはデブでブサイクで顔中脂まみれの友達も彼女もいないナマゴミなんだ。本当にすまない」。
でも返事無視したり邪険な反応でぶっちぎることはできなかった。それは相手への思いやりという名分を見つけた自分の欲望以外の何ものでもなかった。夕方6時くらいから12時過ぎまでずっとメッセージを送り合った。相手のことを聞いて、自分のことを書く。かわいい女の子と楽しく話している。一生関係のない経験。
毒島さんは優しい。毒島さんはすごい。毒島さんは頑張ってる。「嘘だッ!やめろ!」そう心の中で叫んでいた。俺は、マジで、クソだ・・・。
せめて、せめて今日だけで終わりにしないとダメだ。ここが最終防衛ライン。友だち申請をして、これからも続いていってはダメだ。わずかに残った力で遠回しに遠回しに書いてく。「また偶然会ったら話をしようね」。登録をして、いつでも連絡を取り合えるようにはならないという意味。最初からその気はなかったのか、それとも分かってくれたのか。ともかく終わった。最後にもハートと顔文字で飾った文章が届いた。ありがとう。そしてごめん。
頭の中に「なくなった方がいい生命」という言葉が長い間浮かんでいて、それは自分なんだと思っていた。
俺はせめてネットでは誰とも関わらずにここに閉じ込められているべきだった。もう過ちは犯してはいけない。ネットだけの人間関係は作らない。体と心の汚い人間として、対面して人間関係を作る。挙動不審の空気の読めないおかしな人間として付き合っていく。
毒島さんは身勝手で、ダメで、怠け者。そんな毒島さんにハートとかわいい顔文字と人懐っこい内容のお手紙をありがとう。一生関わりのない普通のかわいい女の子。
2012年03月04日
無題
1月の終わりか2月の頭くらいにiPod touchを買った。本当はiPhoneが欲しかったけど、毎月8000円近く取られ続けるのもつらいと思って。タスク管理関係のアプリが使いたかっただけだったし。
PCでやってたことができるようなアプリをいろいろ入れたらPCの前にいる時間が極端に減って、ブログを書く機会も減ってしまった。運動をしなくなってしまって考え方がどんどん鬱っぽくなってしまったのもある。それに付随して生活もうまくいってない。人間って本当に脳内分泌物なんだなって思うと少し寂しい気持ちもある。また走り始めてBDNFを分泌しまくろう。
いろいろあったな。実家に帰ったり、会社の同期の交流会みたいなの行ったり、相変わらず仕事できなかったり。特に大したエピソードもなく、ああやっぱり僕は一般社会でやっていけるメンタリティではないんだなというのをもう何十回目かってほどに実感した。
「(だるそうな顔で)ちょっとは自分で考えろよ」。2〜3日前に上司に言われた言葉です。そういう感じで毎日を過ごしています。
どうすればより実態に即した表現をできるのか考えながら、定期的な更新を目指していきたいです。
仕切り直そうという思いと、1個前に書いたのを目立たくない思いもあってこれを書きました。
PCでやってたことができるようなアプリをいろいろ入れたらPCの前にいる時間が極端に減って、ブログを書く機会も減ってしまった。運動をしなくなってしまって考え方がどんどん鬱っぽくなってしまったのもある。それに付随して生活もうまくいってない。人間って本当に脳内分泌物なんだなって思うと少し寂しい気持ちもある。また走り始めてBDNFを分泌しまくろう。
いろいろあったな。実家に帰ったり、会社の同期の交流会みたいなの行ったり、相変わらず仕事できなかったり。特に大したエピソードもなく、ああやっぱり僕は一般社会でやっていけるメンタリティではないんだなというのをもう何十回目かってほどに実感した。
「(だるそうな顔で)ちょっとは自分で考えろよ」。2〜3日前に上司に言われた言葉です。そういう感じで毎日を過ごしています。
どうすればより実態に即した表現をできるのか考えながら、定期的な更新を目指していきたいです。
仕切り直そうという思いと、1個前に書いたのを目立たくない思いもあってこれを書きました。
戯言
いつもたいしたもの書いてるわけじゃないけど、今日のは本当に書いてて惨めだったし内容的なおもしろさも微塵もないし恥ずかしいからあまり読んでほしくない。こんなのをネットに残す罪悪感みたいなものがある。そこまで言うほどすごいこと書いてるわけでもないのも余計に申し訳ない。
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こんなこと書いたら皆ムカつくだろうなって思うけど、というかそう思ったからこそ書こうと決心したんだけど「やっぱり僕って文才あるよね」。昨日の読んで思った。リズムがあるというか独特のグルーブがあるよね、文章に。あと、1人ぼっちで世界の端っこに追いやられていることの光明によって独自の視点がある。
最近聞いているネットラジオの中に「自分は学生時代落語やってて多くの人に話すのは得意で」みたいに言っちゃう人がいるけど、そのせいでハードルが上がってしまって全然つまんないって思ってしまう。そういうのを分かっててあえてそういうことを言いたい気持ちがなぜかある。俺は文才がある。
ふと思いついたけど、多分、好かれたい思いを抱えたまま嫌われていくのが怖すぎるから、先にこっちから嫌われていこうみたいな気持ちが働いているんだろうな。そう思うと自分の中の、ニヒルに上がる口角のような気持ちが純粋にかわいそうになる。かわいそうな人だ。いや、冗談抜きで、本当に・・・。
人に期待をするのはやめよう。基本好かれない。基本嫌われる。ずっとそうやってやってきたんだから。誇張も矮小化もなく本当にずっとそうやってきた。事実として。歴史的に。アシスト、応援の気持ちがあればありがたい。でも、自分の足で立とう。
いつか何かで女の人に出会って、なんかそういうのを話したりして、かわいそうだって言ってその人が泣いてさ、そういうのがもうないように思ってくれてさ、抱きしめてくれるっていう妄想があるんだよね。そんなことあるわけないのにさ。3階に住んでた頃に、今この瞬間に窓から飛び降りる姿を何百回も頭の中でシミュレートしてた。今はそう一瞬で死ねる的なものがないからそんなことないけど、なんとなく突発的に死にたい気持ちだよね。実際は怖いからできないけど。
オドケイジケカマッテチャンカスヤロウ。
レーザービームが聞きたくて買ったPerfumeのCDのカップリングの微かなカオリって曲をたまたま聞いて、そういう片思いされるようなことなんて一生なく死んでいくんだなと思うと覚悟はできててもどうしても悲しいね。
苦しいのはヤダ。モテたい。惨めなのは嫌だ。モテたい。もっと楽にいきたい。モテたい。
霧が晴れて光が降り注いで、ある日全てがうまくいくって希望が毎日毎日毎日胸の中にあるよ。いつかそうなって苦しまない毎日が来るといいな。
信じてもらえないだろうけど、昔は僕も純粋なところがあって、というか純粋でなければみたいな強迫観念もあって、よく分からないけどいろいろあってもっと純粋な気持ちで純粋な内容をホームページに書いてて、女の子からメールもらったりとか掲示板に書いてもらったりとかして、「好きです」みたいのあったのよ本当に。そういうのまたやりたいよね。そういうの2度と無いように等身大の自分とネットで誤解される人格との差を埋めようと汚く醜くあろうと頑張ったのがここなんだよね。
でもやっぱりまたそういうのやってせめてネットでだけモテたいよ。見た目も心も醜いけど、ネットでだけは醜くないようにできるから上辺だけで関わりたい色んな人と。今日はこんなに本当にしょうもないことを長々と書いて、この人は本当に寂しいんだろうなと思う。自業自得だとは言えかわいそうだよ。全然かわいそうじゃない。
寝て、目が覚めたら、また何も変わらない惨めな日常が始まる。もし、この文章を読んでくれている人がいたら、その人だけが救いです。僕もいつかは誰かを救いたい。
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こんなこと書いたら皆ムカつくだろうなって思うけど、というかそう思ったからこそ書こうと決心したんだけど「やっぱり僕って文才あるよね」。昨日の読んで思った。リズムがあるというか独特のグルーブがあるよね、文章に。あと、1人ぼっちで世界の端っこに追いやられていることの光明によって独自の視点がある。
最近聞いているネットラジオの中に「自分は学生時代落語やってて多くの人に話すのは得意で」みたいに言っちゃう人がいるけど、そのせいでハードルが上がってしまって全然つまんないって思ってしまう。そういうのを分かっててあえてそういうことを言いたい気持ちがなぜかある。俺は文才がある。
ふと思いついたけど、多分、好かれたい思いを抱えたまま嫌われていくのが怖すぎるから、先にこっちから嫌われていこうみたいな気持ちが働いているんだろうな。そう思うと自分の中の、ニヒルに上がる口角のような気持ちが純粋にかわいそうになる。かわいそうな人だ。いや、冗談抜きで、本当に・・・。
人に期待をするのはやめよう。基本好かれない。基本嫌われる。ずっとそうやってやってきたんだから。誇張も矮小化もなく本当にずっとそうやってきた。事実として。歴史的に。アシスト、応援の気持ちがあればありがたい。でも、自分の足で立とう。
いつか何かで女の人に出会って、なんかそういうのを話したりして、かわいそうだって言ってその人が泣いてさ、そういうのがもうないように思ってくれてさ、抱きしめてくれるっていう妄想があるんだよね。そんなことあるわけないのにさ。3階に住んでた頃に、今この瞬間に窓から飛び降りる姿を何百回も頭の中でシミュレートしてた。今はそう一瞬で死ねる的なものがないからそんなことないけど、なんとなく突発的に死にたい気持ちだよね。実際は怖いからできないけど。
オドケイジケカマッテチャンカスヤロウ。
レーザービームが聞きたくて買ったPerfumeのCDのカップリングの微かなカオリって曲をたまたま聞いて、そういう片思いされるようなことなんて一生なく死んでいくんだなと思うと覚悟はできててもどうしても悲しいね。
苦しいのはヤダ。モテたい。惨めなのは嫌だ。モテたい。もっと楽にいきたい。モテたい。
霧が晴れて光が降り注いで、ある日全てがうまくいくって希望が毎日毎日毎日胸の中にあるよ。いつかそうなって苦しまない毎日が来るといいな。
信じてもらえないだろうけど、昔は僕も純粋なところがあって、というか純粋でなければみたいな強迫観念もあって、よく分からないけどいろいろあってもっと純粋な気持ちで純粋な内容をホームページに書いてて、女の子からメールもらったりとか掲示板に書いてもらったりとかして、「好きです」みたいのあったのよ本当に。そういうのまたやりたいよね。そういうの2度と無いように等身大の自分とネットで誤解される人格との差を埋めようと汚く醜くあろうと頑張ったのがここなんだよね。
でもやっぱりまたそういうのやってせめてネットでだけモテたいよ。見た目も心も醜いけど、ネットでだけは醜くないようにできるから上辺だけで関わりたい色んな人と。今日はこんなに本当にしょうもないことを長々と書いて、この人は本当に寂しいんだろうなと思う。自業自得だとは言えかわいそうだよ。全然かわいそうじゃない。
寝て、目が覚めたら、また何も変わらない惨めな日常が始まる。もし、この文章を読んでくれている人がいたら、その人だけが救いです。僕もいつかは誰かを救いたい。
2012年03月02日
戯言
どれくらいブログを書いてないだろうと思って見てみたら、約1ヶ月前だった。超自意識過剰の人のブログのコメントにその人を指す言葉としてワンオブゼムって言葉が使われていて、ああ僕もワンオブゼム(one of them)だなって思った。僕がいなくなったとしてそれで困る人はいない。居て困ってくれる人すらいない。そう思うと逆にやりやすい気がしないでもない。こういうことは過去に幾度も書いてきてる。でもそれを分かりやすく6文字で表現できることを知ったのは収穫かな。ワンオブゼム。
せめてネットでくらい誰かの何かになりたかったけど、誰かよりも1000000000倍自分の方が好きだから、ちょっとでも天秤にかけるような気持ちが働くと100%自分が勝つ。つらいこと嫌なことを反芻したくなくて暗いつらい惨めで滑稽な自分を書けない。そういう自分を見せることで誰かを元気づけたり、こいつよりはマシだと思わせたり、低俗な笑いにしたり、そういう方面にしか可能性がないのにそれすら不可能だった。
それに僕は劣った人間だけど、変に狡猾なところもあって、絶対に弱いけど最弱を自称できるほどでもない。結局苦しいのは嫌で助かりたくて無い知恵を絞ってギリギリの所で踏みとどまったりする。そしてギリギリで破綻を退ける自分の悪運や能力に酔って1人ニヤニヤしている。僕、100万円持ってるよ。
強くもなく弱いけど手をさしのべてもらえる程弱くもなくて、心が汚い人はどうすればいんだろう。どうしようもない気がする。
僕は今年30歳になって、何をどう言っても大人であることから逃れられないのに未だに14歳の精神性でどうすればいいんだろう。肌も汚く髪も減り腹も出した童貞の友達もいない1人ぼっちの弱くて心が汚い大人はどうしていくんだろう。それを残していくことくらいだろうか。どうすればいいのか分からないのでブログを書きます。
せめてネットでくらい誰かの何かになりたかったけど、誰かよりも1000000000倍自分の方が好きだから、ちょっとでも天秤にかけるような気持ちが働くと100%自分が勝つ。つらいこと嫌なことを反芻したくなくて暗いつらい惨めで滑稽な自分を書けない。そういう自分を見せることで誰かを元気づけたり、こいつよりはマシだと思わせたり、低俗な笑いにしたり、そういう方面にしか可能性がないのにそれすら不可能だった。
それに僕は劣った人間だけど、変に狡猾なところもあって、絶対に弱いけど最弱を自称できるほどでもない。結局苦しいのは嫌で助かりたくて無い知恵を絞ってギリギリの所で踏みとどまったりする。そしてギリギリで破綻を退ける自分の悪運や能力に酔って1人ニヤニヤしている。僕、100万円持ってるよ。
強くもなく弱いけど手をさしのべてもらえる程弱くもなくて、心が汚い人はどうすればいんだろう。どうしようもない気がする。
僕は今年30歳になって、何をどう言っても大人であることから逃れられないのに未だに14歳の精神性でどうすればいいんだろう。肌も汚く髪も減り腹も出した童貞の友達もいない1人ぼっちの弱くて心が汚い大人はどうしていくんだろう。それを残していくことくらいだろうか。どうすればいいのか分からないのでブログを書きます。
2012年01月28日
戯言
自分がクソなときにどうクソなのか正直に書くのには体力が要って、でも俺が1番みんなに教えたいのは俺がどうクソなのかってことだから、その辺のせめぎ合いで余計につらい。調子悪くて全然うまくいっていない時、そのこと自体がつらいけど、それをブログに書けないことプラスしてつらい。もしかしたら僕はそれなりにうまくやってるんじゃないかみたいに思われてる可能性があるような気がして気が気じゃない。
基本的に毎日追い詰められた気持ちで生きていて、数日前には「何がどうなっててもつらいし僕は生きているのに向いていない」と素で思ってしまった。そういう言葉を自分の中で発する時は、大体が大げさに自虐的なネタ感覚も込めて言うことがほとんどなんだけど、その時は純粋にそう思ってしまった。過去を取り返したら・女の人にモテたらそういった無間地獄から解放されるんじゃないかという希望があるけど、それらがもう一生無理になったり叶えてしまったらもう何の希望もなくなってしまうんじゃないかという不安もある。それがいまいち本気になれない理由なのではと思っているけど真相は分からない。
きっとこういうのも運動を再開すればきっと治るから、また運動を再開しよう。走ってる間だけは何も考えないで済むような気がする。外出すら車や通行人に怯えているからトレッドミルでしか走れない。ひと月以上行ってないからジムの人に「やっぱりあのデブ根性ないぜ」って思われてそうで怖い。そんなことすら思われてなくて自意識過剰の可能性もあってヤダ。行ってない間太ったしまた体重測るのも怖くてヤダ。でも今やり直さないと2月の決戦(3連休に部屋を片付ける)に勝てなくて酷い鬱状態になってしまうから今どうにかしないといけない。もう毎日死にたいって思う酷い鬱状態には一生なりたくないから絶対に成功させよう。
自分を追い詰めて嫌なことを押し付けて、できなければ死ぬしかないような心理状況に追い込むのは絶対に健全じゃないと思う。こういうやり方を変える必要があると思う。その為には
ここまで書いてもう考えたり文章書いたりできなくなってしまいました。普通に寝て普通に起きて普通に食べて普通に身支度とか家事をしたりそういうのがほとんどできなくてつらいです。他人を思いやるどころか自分すら思いやれなくて生きてる価値も能力もないと感じる。こういうことを書いて投稿することに罪悪感や自嘲を感じる。本当にこういうことをアップロードすることに抵抗がある。俺は考えない。意思を持たない。
基本的に毎日追い詰められた気持ちで生きていて、数日前には「何がどうなっててもつらいし僕は生きているのに向いていない」と素で思ってしまった。そういう言葉を自分の中で発する時は、大体が大げさに自虐的なネタ感覚も込めて言うことがほとんどなんだけど、その時は純粋にそう思ってしまった。過去を取り返したら・女の人にモテたらそういった無間地獄から解放されるんじゃないかという希望があるけど、それらがもう一生無理になったり叶えてしまったらもう何の希望もなくなってしまうんじゃないかという不安もある。それがいまいち本気になれない理由なのではと思っているけど真相は分からない。
きっとこういうのも運動を再開すればきっと治るから、また運動を再開しよう。走ってる間だけは何も考えないで済むような気がする。外出すら車や通行人に怯えているからトレッドミルでしか走れない。ひと月以上行ってないからジムの人に「やっぱりあのデブ根性ないぜ」って思われてそうで怖い。そんなことすら思われてなくて自意識過剰の可能性もあってヤダ。行ってない間太ったしまた体重測るのも怖くてヤダ。でも今やり直さないと2月の決戦(3連休に部屋を片付ける)に勝てなくて酷い鬱状態になってしまうから今どうにかしないといけない。もう毎日死にたいって思う酷い鬱状態には一生なりたくないから絶対に成功させよう。
自分を追い詰めて嫌なことを押し付けて、できなければ死ぬしかないような心理状況に追い込むのは絶対に健全じゃないと思う。こういうやり方を変える必要があると思う。その為には
ここまで書いてもう考えたり文章書いたりできなくなってしまいました。普通に寝て普通に起きて普通に食べて普通に身支度とか家事をしたりそういうのがほとんどできなくてつらいです。他人を思いやるどころか自分すら思いやれなくて生きてる価値も能力もないと感じる。こういうことを書いて投稿することに罪悪感や自嘲を感じる。本当にこういうことをアップロードすることに抵抗がある。俺は考えない。意思を持たない。
2012年01月23日
戯言
変人は変人のやり方で
お父さんに「お前は普通じゃないんだから普通じゃないやり方を見つけないといけない」みたいなことを言われたような記憶があるんだけど、そこまでストレートに言われてたら絶対に傷ついたり距離をとったりしてるから、多分「自分に合ったやり方を見つける」とかそういうことを言ってたのを、そういう風ににその時は解釈してたのかなーと思った。
普通に生活できなかったり、立ち止まったり、思考が堂々巡りしてしまって一歩も動けなくて無力感と絶望で死にたい気持ちで歩いていたらお父さんが言ってた言葉を思い出した。何をやるにしても理想のパターンはあるんだけど、それが自分にできないなら何の意味もないから、自分ができる形に落とし込む必要があると思う。堂々と、普通じゃないやり方を普通じゃなく行える勇気を。
その作品の途中から仮面ライダーシリーズは見ていないんだけど、仮面ライダー電王の主人公が「僕にできることを」と言って変身するCMがあったんだけど、(原作にもそのシーンあったかな?)それも思い出した。僕にとって変身は戦うことへの覚悟に他ならない。だからいつも戦うことすらできない僕に響くものがあるのだろう。同じようにホランドやスパイクが死ぬ覚悟の戦いに向けて銃の手入れをしているシーンとか同じように涙が込み上げそうになる。俺は自分の未来にすらほんの小さい何かすら賭けられない。
そしてこういうことを思い出したり、それによって何か思い込んでいると「何気ない毎日を小説にヒーローに重ねあわせて安心している」というゴーイングアンダーグラウンドのダイアリーっていう曲の歌詞を思い出してそして、引用ばかりの思考や文章を書いていると「全体的に引用だらけのことにどうにも腹が立つ」という黒澤なんとかって人のハンターハンターのオープニングの曲の歌詞が頭を巡ってしまう。俺は俺の言葉を持たない。そして引用元が古い映画とか文学じゃないのがかっこ悪い気がするけど、それをかっこ悪いと思うことすらかっこ悪いと思う。そしてまた「いつだって客観的に物事を見ていたってかっこいい小説は書けやしない」という林邦洋の降誕祭という曲の一節を思い出す。
まあそれはいいとして、俺はある面に関しては事実として多くの人よりも劣っている。それはそれとして認めるしかない。じゃあ劣っている人間として何をどうやればいいのかという視点にすぐ切り替えて動くしかないわけで。欠けながらでも進むしかない。そしてこの言葉に似た言葉もスピッツの夢追い虫って曲にあったような気がする。
子供が怖い、コミュニケーションテクニックへの恐怖
僕が子供が怖いのは、子供は純粋な印象だから、なんとか外では常人ぶってる僕の異常を見透かされるんじゃないかという恐怖が大きい。だから昔から子供が苦手だ。彼らには建前がないから、素直な感性によって僕の異常さや弱さが感づかれてある瞬間に取り返しの付かないことをされるんじゃないかという恐怖が大きい。
20歳くらいの時にどういうシチュエーションだったか、子供に見つめられてかつ逃げられない状況になった時があって、殺られる前にやるしかないと思ってその時に少し前にたまたま何かで見ていた「子供と接するテクニック」みたいなのを使って話しかけたら子供が嬉しそうに上機嫌に話してくれて、僕は冷や汗をかきながら対応していたんだけど、子供への恐怖と小手先のテクニックで子供すら騙せることへの恐怖、このテクニックすら実は気づかれてるんじゃないかという恐怖で死にそうになった。
それからコミュニケーションのテクニックみたいなのも怖くなって、1番僕に必要な能力なのに避けるようにしてここまで来てしまった。この間会社で受けた研修でも「実直で裏表がない態度である程度の信頼は得るが、対人テクニックを磨く必要がある」みたいに言われたっけ。
子供への恐怖を考えていると、僕は本当の自分がバレたら殺られるという思いが強いんだなと思った。本当の自分が何なのかは分からないけど、汚さとか忌みのようなものが自分の核なんじゃないかという印象はなんとなくある。自分が触ったら物が穢れるんじゃないかみたいな妄想に陥って、人にあげるものや渡すものがしっかりと掴めなかったり。
お父さんに「お前は普通じゃないんだから普通じゃないやり方を見つけないといけない」みたいなことを言われたような記憶があるんだけど、そこまでストレートに言われてたら絶対に傷ついたり距離をとったりしてるから、多分「自分に合ったやり方を見つける」とかそういうことを言ってたのを、そういう風ににその時は解釈してたのかなーと思った。
普通に生活できなかったり、立ち止まったり、思考が堂々巡りしてしまって一歩も動けなくて無力感と絶望で死にたい気持ちで歩いていたらお父さんが言ってた言葉を思い出した。何をやるにしても理想のパターンはあるんだけど、それが自分にできないなら何の意味もないから、自分ができる形に落とし込む必要があると思う。堂々と、普通じゃないやり方を普通じゃなく行える勇気を。
その作品の途中から仮面ライダーシリーズは見ていないんだけど、仮面ライダー電王の主人公が「僕にできることを」と言って変身するCMがあったんだけど、(原作にもそのシーンあったかな?)それも思い出した。僕にとって変身は戦うことへの覚悟に他ならない。だからいつも戦うことすらできない僕に響くものがあるのだろう。同じようにホランドやスパイクが死ぬ覚悟の戦いに向けて銃の手入れをしているシーンとか同じように涙が込み上げそうになる。俺は自分の未来にすらほんの小さい何かすら賭けられない。
そしてこういうことを思い出したり、それによって何か思い込んでいると「何気ない毎日を小説にヒーローに重ねあわせて安心している」というゴーイングアンダーグラウンドのダイアリーっていう曲の歌詞を思い出してそして、引用ばかりの思考や文章を書いていると「全体的に引用だらけのことにどうにも腹が立つ」という黒澤なんとかって人のハンターハンターのオープニングの曲の歌詞が頭を巡ってしまう。俺は俺の言葉を持たない。そして引用元が古い映画とか文学じゃないのがかっこ悪い気がするけど、それをかっこ悪いと思うことすらかっこ悪いと思う。そしてまた「いつだって客観的に物事を見ていたってかっこいい小説は書けやしない」という林邦洋の降誕祭という曲の一節を思い出す。
まあそれはいいとして、俺はある面に関しては事実として多くの人よりも劣っている。それはそれとして認めるしかない。じゃあ劣っている人間として何をどうやればいいのかという視点にすぐ切り替えて動くしかないわけで。欠けながらでも進むしかない。そしてこの言葉に似た言葉もスピッツの夢追い虫って曲にあったような気がする。
子供が怖い、コミュニケーションテクニックへの恐怖
僕が子供が怖いのは、子供は純粋な印象だから、なんとか外では常人ぶってる僕の異常を見透かされるんじゃないかという恐怖が大きい。だから昔から子供が苦手だ。彼らには建前がないから、素直な感性によって僕の異常さや弱さが感づかれてある瞬間に取り返しの付かないことをされるんじゃないかという恐怖が大きい。
20歳くらいの時にどういうシチュエーションだったか、子供に見つめられてかつ逃げられない状況になった時があって、殺られる前にやるしかないと思ってその時に少し前にたまたま何かで見ていた「子供と接するテクニック」みたいなのを使って話しかけたら子供が嬉しそうに上機嫌に話してくれて、僕は冷や汗をかきながら対応していたんだけど、子供への恐怖と小手先のテクニックで子供すら騙せることへの恐怖、このテクニックすら実は気づかれてるんじゃないかという恐怖で死にそうになった。
それからコミュニケーションのテクニックみたいなのも怖くなって、1番僕に必要な能力なのに避けるようにしてここまで来てしまった。この間会社で受けた研修でも「実直で裏表がない態度である程度の信頼は得るが、対人テクニックを磨く必要がある」みたいに言われたっけ。
子供への恐怖を考えていると、僕は本当の自分がバレたら殺られるという思いが強いんだなと思った。本当の自分が何なのかは分からないけど、汚さとか忌みのようなものが自分の核なんじゃないかという印象はなんとなくある。自分が触ったら物が穢れるんじゃないかみたいな妄想に陥って、人にあげるものや渡すものがしっかりと掴めなかったり。


